ebekoです。


蘇我氏と言えば、聖徳太子とともに仏教を広めた馬子、あとは乙巳の変で滅ぼされた蝦夷、入鹿の三代が有名だ。 

三人とも権力者だったんだけど、入鹿が調子に乗りすぎたことが原因だと思う


蝦夷なんか特にかわいそう

蝦夷と入鹿はセットで語られることが多いが、入鹿が山背大兄王を殺した時には「お前はなんてことをしたんだ!」とか言ってる程度には分をわきまえてたのだ。

でも入鹿が殺されたあと「え、これじゃあ俺も終わりじゃん」って、家に火を放って自害してるし。





とはいえ、これで蘇我氏が滅んだわけではない。
他にも蘇我氏はたくさんいて、続いていった。

なんなら蘇我氏でも、こっそり中大兄皇子に味方した人もいた。
蘇我氏は一枚岩ではなかったのだ。




さて生き残ったうちの一人、蘇我倉麻呂(蝦夷の弟)。
当然中大兄皇子につくか、蘇我氏に付くかで揺れた。

その結果、倉麻呂は意見を保留にした
しかしそのおかげで、両陣営の権力争いに巻き込まれることなく生き残り、子孫も長いこと繫栄した。




生き残った理由は保留したから

白黒つけないことで生き残るパターンもあるんだね。