ebekoです。


ふと気になることがあって、江戸時代のことを調べていた。
鎖国ってどんな経緯だったっけ、とか思って。

そしたら授業でやったことを思い出してきた。
「糸割符制度」「朱印船貿易」「奉書」などなど。



江戸時代初期を除いて、しっかりと貿易できたのはオランダと中国だけ。

……と習った気がするが、蝦夷地、朝鮮、琉球王国も入ってた。
鎖国つってるけど、割と開いてんじゃん

あとオランダの貿易量は中国の半分しかなかったらしい。あんなに「中国・オランダ」って並んで説明されるのに。
55年体制下の自民党と社会党くらい差があるじゃん。





見ていくうちに、イギリスが業績不振で撤退(後に交易再開の船が来るが拒否)、1624年にスペイン船来航禁止、1639年にポルトガル船来航禁止(後に国交回復の船が来るが拒否)とか、一応向こうの国から再開の打診があったことも知る。

まあ島原の乱の他にもいろいろトラブルがあったから、受け入れなかったんだろうけど。



そのトラブルのひとつに平山常陳事件があり、それが元和の大殉教というキリスト教信者の大規模な処刑につながる。

そのページに殉教者の一覧があったのだが、

殉教


殉教2


アントニオ三箇だけ、説明が細かいうえにボロクソに書かれている
こんだけ人数いる中で、名指しで「大した人物でなく」って書く必要ある?