ebekoです。
「米朝落語の舞台裏」という本を読んでいます。
桂米朝は芸も一流なのはもちろんですが、「上方落語は滅んだ」と言われた時期から、長老たちに噺を学ぶなど復興に励んだり、芝居の知識を落語にも活かした鮮やかな姿がかっこいいと思います。落語の知識は少ないので全然表現できませんが…。
特に「表現者兼研究者」というスタイルが。

同じく三波春夫も、浪曲で培った声と表現で作り上げた芸の世界もさることながら、歴史に関する知識も膨大で「歌う学者」とも呼ばれました。
「平家物語」という曲は構想と執筆を合わせて10年近くかかっています。そのために書斎にこもって研究する日々が続いたそうです。すべては「歌の世界を隅々まで表現するため」でした。
また浪曲が衰退しているということに危機感を感じ、ラップやディスコ調に曲をアレンジするなど挑戦し続けた人であったとも思います(反対に村田英雄は浪曲という型を崩さないという姿勢でした。それぞれ自分が浪曲のために何が出来るかを考えた結果だったのでしょう)。
この方も「表現者兼研究者」でしょう。

よく、「勉強はインプットとアウトプット」だと言われますがこの二人の行ったことはその究極の形なのではないでしょうか。次世代にも文化を残すという思いで行われた勉強。

ソンナニンゲンニワタシハナリタイ